SPORTS FIELD

さまざまなジャンルのスポーツニュースを取り上げた 5ちゃんねるまとめブログです。

埼玉西武ライオンズ

1: 名無しさん@恐縮です 2021/10/21(木) 11:59:29.55 ID:CAP_USER9
「平成の怪物」の現役最後の登板。全盛期の姿には程遠い。それでも懸命に右腕を振る西武・松坂大輔の姿に心を揺さぶられた。

 19日の日本ハム戦。親交のあるEXILEの「real world」が登場曲で流れる。背番号18がマウンドに歩を進めると、スタンドから大きな拍手が注がれた。投球練習では右足でプレートの土を払う仕草。全国の野球少年がまねたルーティンを見るのもこれが最後だ。

代名詞のワインドアップから投げ込む。横浜高の後輩・近藤健介に投じた5球の最速は118キロ。私たちが想像していた以上に松坂の体はボロボロだった。鮮烈なプロデビューを飾った1999年4月の日本ハム戦。片岡篤史に155キロの直球で空振り三振を奪った。引退登板でも対戦相手に思いを込めた直球を投げ、現役生活に幕を下ろした。

 横浜高でエースとして3年春夏の甲子園で全国制覇を達成。98年ドラフト1位で3球団競合の末、西武に入団すると、3年連続最多勝など8年間で108勝を積み上げ、レッドソックスでも2007年に15勝、08年に18勝と、28歳の時点で通算141勝をマークした。 

第1回、第2回大会と連覇を飾ったWBCでも日本のエースとして2大会連続MVPに輝いた。だがその後は右肩、右ひじなど度重なる故障に苦しんだ。日本球界復帰した15年からのソフトバンク在籍3年間で未勝利。中日に移籍初年度の18年に6勝をマークしてカムバック賞を獲得したが、19年は右肩の故障が響いて未勝利に。

古巣・西武に14年ぶりに復帰した昨年は7月上旬に右手のしびれを取るため、内視鏡による頸椎周辺の内視鏡手術を受けたが完治せず、昨季、今季と1軍登板なし。現役後半の13年間は度重なる故障で計29勝に終わった。

 松坂は最後の登板前に行われた記者会見で、引退を決断した胸中を語っている。「キャンプが始まって、もうそろそろ打撃投手をやって、ファームの試合に投げられそうだね、というところまできた。そんな話をした矢先に、ブルペンでの投球練習の中で何の前触れもなく、右打者の頭のほうにボールが抜けた。

それがちょっと抜けたんではなく、とんでもない抜け方をして。そういう時、投手は抜けそうだなと思えば指先の感覚で引っかけたりするんですけど、それができないぐらい感覚がなかった。そのたった1球でボールを投げることが怖くなってしまった」。

つづく

10/21(木) 11:50 アエラ
https://news.yahoo.co.jp/articles/43353b3b02a0259dcd546f61362e54cbba141421

写真
https://amd-pctr.c.yimg.jp/r/iwiz-amd/20211021-00000014-sasahi-000-1-view.jpg?w=640&h=461&q=90&exp=10800&pri=l

【現役引退する松坂大輔の妻“柴田倫世”への「行き過ぎた誹謗中傷」に球界で怒りの声】の続きを読む

1: 名無しさん@恐縮です 2021/10/20(水) 13:09:43.26 ID:CAP_USER9
10/20(水) 12:04配信
中日スポーツ

チャンカワイ

 お笑いコンビ「Wエンジン」のチャンカワイ(41)が20日、ブログを更新。同じ「松坂世代」として、19日に引退試合に臨んだ西武・松坂大輔投手(41)への思いをつづった。

 チャンはまず「僕は松坂世代です」とアピール。「高校1年生の時から『どうやら横浜高校の同級生に怪物ピッチャーがいる』というウワサが流れてきました。まだポケベルだった時代だし、三重県名張市という大自然に囲まれた街だし、ましてや僕は剣道部だし」と当時を振り返り、「平成の怪物は、高校1年生の時から同級生の中では【松坂世代】というかカテゴリーを既に築いていたのかもしれません」と思いをはせた。

 その上で松坂を「男としての憧れであり、スーパーヒーロー」とし、「僕ら同級生は、松坂世代だからこそ歯を食いしばれた」「スターの多い世代だったからこそ、僕のような低空飛行の人生でも、希望を持って諦めずに夢を追いかけられてる」とその存在に励まされたことをつづった。

 さらに「やっぱり僕は、これからも【松坂世代】だと言いたいです。僕達の誇りです!!」と今後もその背中を追い続けることを宣言。「現役お疲れ様でした!!心より感謝致します!!!」とねぎらった。

https://amd-pctr.c.yimg.jp/r/iwiz-amd/20211020-00000019-chuspo-000-3-view.jpg
https://news.yahoo.co.jp/articles/242835746845886c7d1a3a2080e6c43c1cd5e896

【オレだって松坂世代…Wエンジン・チャンカワイが感謝の思いつづる 「僕は剣道部」それでもその存在に励まされた】の続きを読む

1: 名無しさん@恐縮です 2021/10/20(水) 12:59:46.52 ID:CAP_USER9
>>10/20(水) 5:00 日刊スポーツ

<西武2-6日本ハム>◇19日◇メットライフドーム

さらば平成の怪物、ありがとう松坂。西武松坂大輔投手(41)が引退試合に臨み、最後は四球を与えて終わった。日本ハム戦に慣れ親しんだ背番号「18」で先発。横浜高の後輩・近藤に5球投じ、最速は118キロだった。右手のしびれと闘いながら懸命に腕を振り、マウンド上からファンに最後の雄姿を披露。試合前に行われた引退会見では涙も見せた。99年から始まりプロ23年間で日米通算170勝。後半はケガに苦しめられ、栄光と挫折、頂点とどん底を味わった平成の怪物は、その伝説に幕を下ろした。

   ◇   ◇   ◇

別れを告げるため、松坂がマウンドに帰ってきた。18番のユニホームでマウンドに立ち、変わらぬワインドアップから投げ込んだ。初球、高めに外れ、2球目は外角低めのストライクが決まった。いずれも球速118キロの直球。2球続けて高めに抜け、カウント3-1から最後は近藤のふところへの116キロで四球。「正直、プロのマウンドに立っていい状態ではなかった」。これが今投げられる全力の5球だった。

ずっと投げることが好きだった。しかし、投げたくなかった。「もうこれ以上、だめな姿は見せちゃいけない」。髪の毛やあごひげは白いものが交じる。引退を決定づけた右手や首のしびれはまだ残っている。でも「どうしようもない姿かもしれないけど、最後の最後全部さらけ出して見てもらおう」。かつての剛速球はない。投げて引退報告するためにマウンドに戻ってきた。

試合前の引退会見。こらえてもこらえても、家族を思うと涙があふれてきた。7月、家族に引退報告するとみんな泣いていた。「僕には分からない感情を、妻や子どもは持ったのかもしれない。あらためて感謝と同時に申し訳なかったという気持ちがありました」。バッシングの矛先が、野球とは無縁の家族に向けられたことは数え切れない。一緒に受け止め、張り裂けそうな感情をグッとこらえたことを思い出すと、止めどなく流れる涙。マウンドでは1人でも、家族とともに戦ってきた証しだった。

続きは↓
https://news.yahoo.co.jp/articles/d257c528d778e42712408af906097ea7a4305222

【西武・松坂大輔、入閣要請を断る ともに戦った「家族と過ごす時間を増やす」】の続きを読む

1: 名無しさん@恐縮です 2021/10/20(水) 12:53:01.33 ID:CAP_USER9
10/20(水) 12:46配信
スポーツ報知

高田延彦氏

 元総合格闘家でタレントの高田延彦氏が20日までに自身のツイッターを更新。19日の日本ハム戦(メットライフ)で現役最後の登板を飾った西武の松坂大輔投手にメッセージを送った。

 中学まで野球に打ち込んでいた高田氏は、この日、「怪物・松坂大輔さん、右腕を痛めつけながら夢や希望を発信し続けてくれたミスターピッチャー、デッカい夢や希望をありがとう!」と、その23年間にわたる世界的活躍をたたえていた。

https://amd-pctr.c.yimg.jp/r/iwiz-amd/20211020-10201056-sph-000-2-view.jpg
https://news.yahoo.co.jp/articles/039595d780d5f232f75d8c0c3bb07c37fb1f7371

【元総合格闘家で元球児でもある高田延彦氏、引退の松坂大輔を称賛「ミスターピッチャー、デッカい夢や希望をありがとう!」】の続きを読む

1: 名無しさん@恐縮です 2021/10/20(水) 06:39:10.95 ID:CAP_USER9
10/20(水) 5:15
東スポWeb

引退・松坂大輔 誹謗中傷で心もボロボロだった…逆境続いても「沈黙」貫いた理由
西口コーチ(左)に花束を渡された西武・松坂(東スポWeb)
〝平成の怪物〟がついにユニホームを脱いだ。西武の松坂大輔投手(41)が19日の日本ハム戦(メットライフ)に先発登板。横浜高の後輩・近藤に四球を与え、引退試合を終えた。万全ではない状態で最後の力を振り絞った投球は最速118キロ。全盛期には程遠く、まさにボロボロになってマウンドを降りた。その一方で、これまで松坂本人は決して口にしなかったが、誹謗中傷などで今後のことも考えられないほど精神面でも極限まで追い込まれていたという。「最速118キロ」の隠された真相に迫る。

 松坂は引退会見で、これまで公に語ることのなかった「家族への思い」を語った。

「妻と結婚してもらう時も批判の声だったり、たたかれることもたくさんあると思うけど、自分が守っていくからと言って結婚してもらったんですけど、半分以上それができなくて本当に申し訳なかったと思います。妻は関係ないところでたたかれたりすることもあって、本当に大変だったと思います。そんなに気持ちの強い人ではなかったので迷惑をかけたと思いますし、その中でここまでサポートしてくれて本当に感謝したい」

 3人の子供たちに対しても「感謝と言ってしまえば簡単なんですけど、そんな簡単なものではなかった。いい思いをさせてあげられたかもしれないですけど、家族は家族なりに我慢というかストレスもあったと思いますし…。本当に長い間我慢してもらったなと思います」と謝罪した。

 そんな思いの裏側にあったのは、松坂が何より大切にしてきた家族を批判から守り切れなかったこと。日本球界に復帰した2015年以降は故障とリハビリに明け暮れ、ソフトバンク、中日、西武の7年間でわずか登板14試合(61回2/3)、6勝5敗、防御率5・11の数字しか残せなかった。

 インターネット上にはいつしか、松坂に対する誹謗中傷があふれるようになった。受け取る給料に見合う働きができなかった以上、自身への批判は仕方がない。

 ただ、松坂がニュースになるたびに、人格を否定するような書き込みや、家族への批判がコメント欄に集中することが通常化した。これに対し、自らメディアに発信したり、自身のSNSで説明するといった「反論手段」をあえて持たなかった松坂は、その都度〝炎上の嵐〟が過ぎ去るのをただ耐え忍ぶしかなかった。

 近い関係者は「それはもう近くで見ている人間までつらくなるほど。ただ、遠くボストンからその書き込みを見て心を痛めている3人の子供や家族を守るためには、そうするしかなかった」と明かし、こう続けた。「それが根も葉もない間違った情報にもとづくものだったとしても、松坂が何か言ってしまえば火に油を注ぐだけ。本人が何も言わなくても、すでに(ネットでは)袋だたきに遭っているわけですから」

 そんな松坂の今後はまずは心と体の十分な休養が最優先される。近い関係者も「今は心身ともにボロボロな状態。そこを考えられる状況にはない。しばらくは家族とゆっくりした時間を過ごすために、そっとしておいてあげたい」と語っている。

 当面、グラブとボールを置いた松坂の願いは「最近、家の庭で野菜を育てたりしているので、そういうところをみんなで楽しんでやっていけたらと思いますね」と、家族との時間を充実させること。第二の人生のスタートはまず、誰からも注目されることなく家族とゆっくりした時間を過ごすこと、普通のお父さんに戻ることのようだ。

https://amd-pctr.c.yimg.jp/r/iwiz-amd/20211020-03733702-tospoweb-000-9-view.jpg
https://news.yahoo.co.jp/articles/6dae7e395c839103a83813930254b05493152933

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1: 名無しさん@恐縮です 2021/10/20(水) 11:13:39.90 ID:CAP_USER9
10/20(水) 10:37配信
スポーツ報知

清原和博氏

 元プロ野球選手の清原和博氏が20日、自身のツイッターを更新。19日の日本ハム戦(メットライフ)で現役最後の登板を飾った、西武の松坂大輔投手にメッセージを送った。

 清原氏は松坂がユニホーム姿で振りかぶる写真をアップし、「昨夜…何度も見ました。この高校時代から変わらない打者に向かって振りかぶる姿こそが僕の中での松坂投手でした」とツイート。

 そして「対決できたことは一生の宝物です!ゆっくり休んでくださいね」と呼びかけていた。

https://pbs.twimg.com/media/FCGvRYHVEA0IsNq.jpg
https://news.yahoo.co.jp/articles/e6a881ccfe27fa983737a01ad370a8f10f161c52

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1: 名無しさん@恐縮です 2021/10/20(水) 09:49:39.52 ID:CAP_USER9
10/20(水) 8:26
スポーツ報知

若狭勝氏、松坂大輔の引退は「令和になって平成が終わった象徴」
試合後の引退セレモニ-でナインから胴上げされる松坂大輔  
 弁護士の若狭勝氏が20日、俳優の谷原章介がMCを務めるフジテレビ系「めざまし8」(月〜金曜・午前8時)にスタジオ生出演した。

 番組では、西武の松坂大輔投手が19日、日本ハム戦(メットライフ)で現役最後の登板を飾ったことを報じた。

 昨年6月7日・中日との練習試合以来、499日ぶりに試合登板。横浜高の後輩・近藤に対し、全5球で四球を与えた。打者一人に最後の力を振り絞り、最速は118キロだった。世界中を魅了し、国民的スターへと上り詰めた“平成の怪物”が現役生活に幕を下ろした。

 谷原から「ひとつの時代の終わりを感じますね」と聞かれた若狭氏は「令和になって平成が終わったっていう象徴的な平成の怪物の引退」と表現した。

 続けて若狭氏は「松坂選手について言うと栄光と挫折だと思うんです」とした上で「我々、誰もが大きいか小さいかは別として栄光と挫折って一生の間にいろいろ経験すると思う。私もそうなんですけど、そういう時に栄光は自分の心の財産として心の奥底に置いておいて、でも挫折はだんだんと消え失せていく。ということで、人間のこれからの人生を松坂さんもどんどん開拓してもらいたい」と期待していた。

https://amd-pctr.c.yimg.jp/r/iwiz-amd/20211020-10201012-sph-000-1-view.jpg
https://news.yahoo.co.jp/articles/2f2a23a275d6d88c208bc1f8dde054006876e8f1

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1: 名無しさん@恐縮です 2021/10/19(火) 23:58:25.15 ID:CAP_USER9
10/19(火) 22:21
スポニチアネックス

松坂大輔が報ステ生出演で率直な思い語る「あれが限界」「生意気な18歳」「野球界に携わっていきたい」
引退登板試合の終了後に胴上げされる松坂(撮影・白鳥 佳樹)
 ◇パ・リーグ 西武2─6日本ハム(2021年10月19日 メットライフD)

 今季限りで現役を引退する西武の松坂大輔投手(41)が19日の日本ハム戦(メットライフドーム)後にテレビ朝日「報道ステーション」(月〜金曜後9・54)に生出演し、率直な思いを語った。

 この日の日本ハム戦で引退登板を終えた松坂が中継で生出演し、「投げなければどこか未練が残るというか、そういう思いがあったので、今日投げて、改めて、だから辞めるんだよなと思いました」と引退登板を終えた率直な思いを語った。

 最速は118キロだった直球。「力を入れようと思えば、もうちょっと入れられたんですけど、力を入れるとどこに行くのか本当にわからないので、あれが限界でした」と明かした。

 引退登板では日本ハム・近藤健介外野手(28)と対戦し、結果は四球に終わった。選手、スタッフ、観客が総立ちで見守る中の投球に「今まで感じたことのないような球場の雰囲気だった」と振り返った。

 試合後、背番号18は試合後のセレモニーでファンに手を振って応えた。西武ベンチを出て三塁側から最高の笑顔でグルリと一周した。「ファンの方を見ながら、そしてたくさんのファンの人が入っているメットライフドームの景色を見ながら、少し昔のことを思い出しながら、一周させてもらいました」と、過去の光景と重ね合わせていた。

 プロ1年目で16勝を挙げて最多勝を獲得した右腕。プロ1年目を「生意気な18歳だったなと。良い意味でも悪い意味でも」と振り返った。また、99年にイチローとの初対戦で3三振を奪ったことに「イチローさんにはまだ早いと言われたんですけど、確実にあの試合で(プロで)やっていけると思った試合」と自信が確信に変わった瞬間も。

 メジャーから日本に戻ってきてからはケガとの戦いで苦難の連続だった。「お世話になった球団にはとにかく恩返ししたい、チームの力になりたいと思ってやってましたけど、日本に戻ってきてからの、ホークス、ドラゴンズ、最後西武の2年間、球団の方とファンの方と、申し訳なかったなと思います」と無念の言葉も出た。

 「松坂世代」という言葉には「言われていた当初は、あまり好きにはなれなかった」とした。それでも「同世代で頑張っている選手、選手以外の方に『松坂世代です』と、言われることが途中からうれしくなりました。その声があったから、まだまだ『松坂世代』という言葉を使ってもらえるように頑張ろうと思ってここまできました」と支えられた。

 今後については「良くも悪くも野球しかやってこなかった。もちろん、野球界に携わっていきたい。また、外から違う角度で見ていきたい。ほかのスポーツの競技にも興味ありますし、スポーツ以外にも興味があるので、色々なことにチャレンジできたらなと思います」と締めくくった。

 ◇松坂 大輔(まつざか・だいすけ)1980年(昭55)9月13日生まれ、東京都出身の41歳。横浜では3年時に甲子園春夏連覇。98年ドラフト1位で西武入団。1年目に16勝で新人王、最多勝に輝いた。07年にレッドソックスに移籍し、同年にワールドシリーズ制覇。インディアンス、メッツを経て、15年にソフトバンクで日本球界復帰。18年に中日に移籍し、20年に西武に復帰した。日米通算170勝108敗2セーブ。1メートル82、92キロ。右投げ右打ち。

https://amd-pctr.c.yimg.jp/r/iwiz-amd/20211019-00000293-spnannex-000-7-view.jpg
https://news.yahoo.co.jp/articles/21112fcba91f853434ec6ccc76898827fdc22b93

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