1: 名無しさん@恐縮です 2023/12/28(木) 16:07:14.73 ID:1h5/yXm+9
読売新聞2023/12/28 12:56
https://www.yomiuri.co.jp/hakone-ekiden/news/20231228-OYT1T50097/

来年1月2、3日の第100回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝=読売新聞社共催)に、84回目の出場となる法政大は、急逝した仲間の思いを背負って臨む。今夏、チームの主力と期待された2年生の高橋彰太さんが19歳で病死し、選手たちは「彰太のために」を合言葉に「総合5位以内」達成を目指す。(西口大地)

高橋さんは中距離の1500メートルが得意種目で、今年5月には関東学生対校選手権(関東インカレ)に2年連続で出場した。その後は「箱根に向けてやります」と宣言し、長距離に対応するための練習に切り替えていた。

坪田智夫監督によると、高橋さんは自ら練習を組み立てるなど、自立した選手で、10月の出雲駅伝に出場させるつもりだった。「いずれはエース級になると思っていた」という。

8月初め、中国での国際大会に同行していた坪田監督の元に、帰省していた高橋さんから「足のむくみがひどく、すぐ入院した方がいいと言われました」と、LINEで一報が届いた。

電話で話すと、高橋さんは腎機能が低下する病気と診断され、「投薬で2、3週間は様子を見る」とのことだった。重篤な様子ではなく、「何かあったら連絡ちょうだいね」と電話を切った。「箱根に絞るしかないかな。2、3週間の療養なら間に合うと思っていた」と振り返る。

ところが、それが最後の会話になった。約10日後、坪田監督に高橋さんの親から「彰太が亡くなりました」と告げられた。回復していたさなか、血栓ができて容体が急変したという。

宮城・東北高校時代からの先輩だった稲毛崇斗選手(4年)も、高橋さんの家族から電話で知らせを受けた。昨年度、寮で相部屋となり、「高校、大学と一緒のチームになれるのは珍しい。地元の話ができて、大切な存在だったのに」と肩を落とした。

葬儀から合宿先に戻った坪田監督は「彰太の体はなくなったが、彼を含めた『プラス1』で1月3日まで戦うんだ」と選手らを鼓舞した。稲毛選手も「自分が彰太の分まで箱根を走るという思いが、ふつふつとわき上がった」と語る。

例年以上に長い距離を走り込んだ秋の練習を乗り越え、多くの選手がトラックレースやハーフマラソンで自己ベストを更新。坪田監督は「選手たちの心が間違いなく強くなった。『彰太のために』という思いが、チーム力向上につながっている」と実感する。

箱根駅伝では、選手全員が喪章を付け、監督が乗る運営管理車には高橋さんのシューズやウェアを載せる予定だ。稲毛選手は「チームの目標を達成することが、彰太も一番喜ぶと思う。ちゃんと5位以内を取ったよって言いたい」。ゴールの東京・大手町で、天国の仲間に報告するため、たすきをつなぐ。

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