SPORTS FIELD

さまざまなジャンルのスポーツニュースを取り上げた 5ちゃんねるまとめブログです。

立教大

1: 名無しさん@恐縮です 2023/01/04(水) 19:05:10.57 ID:R7Y1pFd09
◇第99回箱根駅伝(1月2、3日:東京・大手町←→神奈川・箱根町/10区間217.1km)

10区の安藤圭佑(2年)が両手を挙げてフィニッシュする。大手町に江戸紫のタスキが途切れることなく戻ってきた。55年ぶりに出場となった立教大は総合18位。上野裕一郎監督は「差がつきすぎたので悔しさもない。晴れやかです」と語る。

苦しい戦いになることは予想していただろうが、「1区、2区、3区がすべて」と上野監督が振り返るように、区間下位が続いて平塚中継所では19位。そこから流れを引き寄せるのは強豪校でも至難の業だ。

さらに、5区、6区の特殊区間も含めて「いろんな部分で修繕が必要」。そんな中でも6区の内田賢利(3年)は区間14位でまとめ「走力が上がればもっと下れる」と手応えも感じた。
「自信があった」という後半は、7区の服部凱杏(3年)や9区の中山凜斗(3年)らがなんとか食らいつき、「下位で、1人で走る難しさがあった」と指揮官はねぎらう。

中大時代に沸かせた箱根路に、指揮官として戻ってきた。監督車での11時間は「一瞬だった」。走っている時には気づかない景色も多く、「こんなに人がいるんだな、と。思ったより立教大のタオルとか応援も多かった」と振り返り、「来年、ちゃんとした状態で帰ってきたいと思いました」と、気持ちを新たにしていた。

55年ぶりだが、関係者も含めて『初出場』のようなもの。まずは出場できたことで方向性が間違っていないことを証明した。「今回はすべてにおいてプラスしかない。ブレーキした選手でも、箱根を走ったという経験がプラスになる」。
もちろん、アスリートの本能がうずくような悔しさは刻まれているだろう。

この後は全国都道府県対抗駅伝の長野チームに合流。しばしの「選手」期間を経て、次は『1年ぶり』に箱根路に戻るための地道な日々が始まる。

https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/90620
月陸オンライン

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1: 名無しさん@恐縮です 2022/12/30(金) 09:49:09.04 ID:I22nXIIa9
 2023年、立教大にとっては55年ぶりの快挙となる箱根駅伝出場が控える。大学はおおいに盛り上がっている。大学をあげて箱根駅伝出場をバックアップしたからだ。

 18年、「立教箱根駅伝2024」事業を立ち上げ、このときは大学創立150周年を迎える24年の出場をめざしていた。当時の総長がこう話している。

「歴史と伝統ある本学が、歴史と伝統ある箱根駅伝で襷(たすき)をつなぐことで、約2万人の学生と国内外に広がる約20万人の校友が一枚岩になることを体現できるだろう」(立教大ウェブサイト、2019年3月18日)

 予定よりも1年早く箱根駅伝に出場することになった。うれしい誤算である。

 立教大が前回、箱根駅伝に出場したのは1968年のことだ。初出場は34年。68年までに27回、箱根を走っている。48年から66年まで19回連続出場しており、最高成績は57年の3位だった(1位日本大、2位中央大)。当時は今のように予選を含めて出場校は多くない。それでもしばしば上位に食い込んでおり、相当な実力があったと言えよう。

 この時代、駅伝だけではない。立教大はほかの競技もやたら強かった。

 1950年代、60年代、大学スポーツ界を席巻しており、大学日本一が当たり前だったのである。全国大学選手権大会で優勝した競技は次のとおり(すべて男子)。

◆大学日本一<1950年代>
1951年 アメリカンフットボール
1952年 バスケットボール、アメリカンフットボール
1953年 野球、バドミントン、バレーボール
1954年 バスケットボール、サッカー、バドミントン
1955年 バスケットボール、バドミントン、アイスホッケー
1956年 バドミントン
1957年 野球、バレーボール、バドミントン
1958年 野球、バスケットボール、バドミントン
1959年 バドミントン、アイスホッケー

◆大学日本一<1960年代>
立教大がいわばスポーツ最強伝説を作り上げたことを知る人は、大学関係者(学生、教職員)を含めて多くはないだろう。

 なかでもバスケットボール(男子)は向かうところ敵なしだった。繰り返すが、52、54、55、58、61、62年に全国制覇している。大学新聞でこう紹介されている。

「日本バスケツト界の創設者として三十五年の歴史を有している。常に優秀な成績を収め、日本バスケツト界をリードしている。特にメルボルンオリンピツク大会昨年のアジア大会においては立教中心のメンバーが編成された」(立教大学新聞、1958年12月20日)

 すこし解説しよう。日本に初めてバスケットボールが外国人によって伝えられたのは1908年とされている。その後、北米YMCA同盟の協力主事が、関西YMCAでバスケットボールを指導したことがきっかけとなり、日本国内で広く普及した。

 1924年、東京商科大(現・一橋大)、立教大、早稲田大の3校が「全日本学生籠球連合」を結成し、全国各地で対抗戦を行った。「日本バスケツト界の創設者」は、このことを指している。

 36年、オリンピックベルリン大会には、東京帝国大(現・東京大)や早稲田大などの学生が出場しており、立教大からは前田昌保氏が選ばれている。

 戦後、前田氏は立教大で指導する一方、オリンピック日本代表のコーチとなり、日本のバスケットボール界を引っ張った。56年メルボルン大会、60年ローマ大会のバスケットボール日本代表のコーチは、前田氏がつとめている。

両大会および64年東京大会のバスケットボール日本代表メンバーの出身校は次のとおり。

 56年メルボルン大会 立教大6、明治大3、東京教育大(現・筑波大)1、慶應義塾大1

 60年ローマ大会 立教大6、東京教育大、明治大2、慶應義塾大1、早稲田大1

 64年東京大会 立教大3、明治大3、東京教育大2、日本大2、慶應義塾大1、明治学院大1

1960年 アメリカンフットボール、アイスホッケー
1961年 バスケットボール、バレーボール、バドミントン
1962年 バスケットボール
1963年 ハンドボール、バドミントン
1965年 アメリカンフットボール
1967年 ハンドボール

※以下出典先で

AERA2022/12/30 09:00
https://dot.asahi.com/dot/2022122800046.html

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1: 名無しさん@恐縮です 2022/12/19(月) 16:48:40.95 ID:ByHZVa5C9
スポニチ 2022年12月19日 05:05
https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2022/12/19/kiji/20221219s00063000104000c.html

第99回東京箱根間往復大学駅伝(来年1月2、3日)に向け、55年ぶり出場の古豪・立大が18日、埼玉県内の新座キャンパスで会見を行った。現役ランナーで中大時代に箱根路を4年連続で走った上野裕一郎監督(37)は「目標はシード権獲得。ぶれずに来ている」と強調。区間配置は決まっており、各区間10位以内を維持して上位10校入りを目指す。「飛び抜けている選手がいない。全員がブレーキせず走りきることが大事」と指揮官。関東学生連合で21年4区の出場経験がある中山凜斗(3年)は「シード権獲得に貢献したい」と意気込んだ。

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1: 名無しさん@恐縮です 2022/10/20(木) 22:02:05.40 ID:d6l8y14j9
 「プロ野球ドラフト会議」(20日、都内ホテル)

 一時は大型二塁手として1位候補とまで言われた立教大・山田健太内野手はまさかの指名漏れ。指名されなかったため、会見は見送られた。代わって報道陣に対応した溝口監督は、「今は何も分からないです。これから決めます」と語るにとどめた。

 山田は大阪桐蔭時代に根尾(中日)、藤原(ロッテ)らと春夏連覇を達成。立大では1年春から4番を打ち、大学日本代表にも選ばれていた。

デイリー

https://news.yahoo.co.jp/articles/8c8aafe2d0a34391fad1e6ed66c67d0da3d2936c

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1: 名無しさん@恐縮です 2022/10/20(木) 17:33:23.71 ID:d6l8y14j9
 2022年度のプロ野球ドラフト会議が20日に行われ、ロッテ、楽天の2球団が競合し、楽天が立教大の荘司康誠の交渉権を獲得した。

 くじを引き当てた楽天の米田社長がガッツポーズ。「すごく嬉しいです。非常に緊張しましたし、1年間スカウトの皆さんが頑張ってきてくれた集大成が今日。何よりの結果で嬉しいです」と喜んだ。

 荘司に向けて「将来、東北楽天ゴールデンイーグルスのエースになる素質があるとスカウトの皆さんがいっています。東北で一緒に熱く盛り上げてください!よろしくお願いします」とエールを送った。

▼ 荘司康誠
身長 / 体重:188センチ / 86キロ
投 / 打:右投 / 右打
ポジション:投手
生年月日:2000年10月13日

https://news.yahoo.co.jp/articles/20fed71d2256f9914cda55d3146ca9d0afe05806

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1: 名無しさん@恐縮です 2022/10/15(土) 11:39:26.62 ID:CAP_USER9
日刊スポーツ2022年10月15日11時31分
https://www.nikkansports.com/sports/athletics/news/202210150000189.html

<第99回箱根駅伝予選会>◇15日◇東京・陸上自衛隊立川駐屯地~立川市街地~国営昭和記念公園◇ハーフマラソン(21・0975キロ)◇気温19・8度(午前9時時点)

立教大(立大)が55年ぶりの本大会出場を決めた。上位10人の合計タイム10時間46分18秒で6位通過した。1968年(昭43)1月の第44回大会で11位(出場15校)になって以来で、54年のブランクは箱根駅伝史上最長となる。これまでの最長記録は09年第85回大会の青学大で、33年のブランクだった。

ミラクル切符の立役者は、09年世界選手権男子5000メートル日本代表で現役ランナーゆえ「日本一速い監督」と呼ばれる上野裕一郎(37)。18年12月に就任して4年目。中大時代に箱根駅伝に4年連続で出場した「スピードキング」が地道に改革を続けた。

立大は2024年の創立150周年に向けた記念事業として、同年1月の箱根駅伝本選出場を目指す「立教箱根駅伝2024」事業に取り組んでいたが、それよりも1年早く夢を実現させることになった。上野監督は「自分がこうして胴上げされる日がくるとは思わなかった」と言い、涙を流した。

トップ通過は大東大で10時間40分39秒。2位の明大は10時間41分41秒。早大、日体大、東海大など有力校も順当に本大会進出を決めた。個人トップは武蔵野学院大のワンジク・チャールズカマウ(3年)で1時間0分58秒。日本人トップは専大の木村暁仁(3年)で1時間2分32秒だった。

(1)大東大=4年ぶり51度目

(2)明大=5年連続64度目

(3)城西大=2年ぶり17度目

(4)城西大=2年ぶり17度目

(5)日体大=75年連続75度目

(6)立大=55年ぶり28度目

(7)山梨学院大=3年連続36度目

(8)専大=3年連続71度目

(9)東海大=10年連続50度目

(10)国士舘大=7年連続51度目

<主な落選校>

(11)神奈川大

(12)中央学院大

前回より2校増の43校が参加。各校12人まで(10人以上)が出場し、上位10選手の合計タイムで争った。

一昨年と昨年は新型コロナウイルス感染症防止対策として陸上自衛隊立川駐屯地内の平たんな周回コースで実施されたが、今回は3年ぶりに立川市街地を回り、国営昭和記念公園にゴールするコースに戻った。

箱根駅伝はシード校10校と今回の予選会を突破した10校に、関東学連選抜を加えた21チームで行われる。

<シード校>
(1)青学大=15年連続28回目
(2)順大=12年連続64回目
(3)駒大=57年連続57回目
(4)東洋大=21年連続81回目
(5)東京国際大=6年連続7回目
(6)中大=6年連続96回目
(7)創価大=4年連続6回目
(8)国学院大=7年連続16回目
(9)帝京大=7年連続16回目
(10)法大=8年連続83回目

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